カギにとって重要なことはなんでしょうか。たとえばピッキングによって開けられないことは重要だと思われます。不正解錠に対する耐性は、多くのカギが取り組んできた重要なテーマでしょう。カギはかけると同時に、意図しない者によって開けられることに抵抗する能力が求められるのです。
しかし、わたしが考える「カギにとって最も重要なこと」は、正常に開くことです。不正解錠されない替わりに「正常」解錠も困難だとしたら、カギとしての意味がなくなるからです。そんな思いを抱いたある事件がありました。

わたしがまだ結婚する前、学生時代のころのことです。地方から東京の大学に出てきたわたしは、安くてボロイアパートで一人暮らしをしていました。隣の部屋の人が何のテレビ番組を見ているかがわかるくらい、壁は薄くて、雨漏りまでする昭和初期に建てられたアパートでしたが、それでも都心近くの便利な立地にあって、大家さんも優しくてうるさいことを言わない人でしたから、けっこう快適な生活を送っていたのです。
しかしある日、大学のコンパで飲みに行った夜の帰り路、自宅のアパートに到着したわたしは部屋に入ろうと、ドアのカギを開けようとしたのですが、なかなか開きません。
酔っているせいだと考えたわたしは、力任せにカギを回そうとしました。

そのとき事件は起こりました。開かないので無理に開けようとしたのがいけなかったのでしょう。なんと部屋のドアのノブがそれごと取れてしまったのです。
ドアのノブが取れてしまったら、もはやカギ自体に意味がなくなります。おそらく泥棒もドアの部の取れた部屋にわざわざ入ろうとはしないでしょうけれど、それはもはや防犯対策ではありません。
酔っていたわたしはそのまま部屋の前で寝てしまいました。初夏の頃でよかったのですが、これが冬だったら今頃どうなっていたかわかりません。次の日は大家さんはすぐに鍵屋さんを呼んで、ドアを修理してくれました。